考古学博物館 ミイラ

カイロ考古学博物館は、
エジプトの遺跡から発掘された品が
所狭しと展示されています。

 

数多くの展示物がある中で、
王様達のミイラ、と
ツタンカーメンの展示物は、
ぜひ時間を作ってみたい展示物です。

 

今回は、観ておくべきミイラに関して
説明をしていきたいとおもいます。

 

☆ミイラ室入場は別料金
2018年12月時点で、ミイラ室への入場は100EGPです。
考古学博物館への入場料とは別に必要です。

 

チケット販売所では、現地通貨で現金で支払います。

 

外貨からEGPへ両替するときには、
博物館で必要になるカメラ券の金額と
別料金の費用を念頭に入れて、両替してください。

 

 

ミイラを観るのに、別料金が必要になりますが、
それなりの理由もありますし、
それだけの価値はあると思います。

 

☆公開中止になった王様のミイラ
1980年当時の大統領が、
「私たちの宗教的概念に反する」という理由から、
一度王族たちのミイラの公開をやめました。

 

 

その後サダト大統領は、
腐敗を避ける為の陳列ケースにミイラを入れて、
再度展示することを決意しました。
これが、現在私達がみている状況です。

 

あとで、ラムセス2世のところでご説明しますが、
休止中の期間、ラムセス2世のミイラはフランスに渡り、
調査といたんだところの修復をしております。

 

☆ケースに入っているミイラ
カイロ博物館で展示されているミイラの多くは
ルクソールの西側にある
王の谷・女王の谷から発掘された物です。

 

ただ、カイロ考古学博物館の目玉になっている
ツタンカーメンの展示物の主である
ツタンカーメンのミイラは、
王の谷の自分の墓にあります。
(他の王様と同様に、プラスチックのケースに入っています。)

 

王様たちを囲っているプラスチックのケースは、
ミイラへのダメージを少なくする為、
気温や湿度を厳重に管理して
調整のする事ができる合成樹脂です。

 

☆英語ですが名前が書かれています
考古学博物館のミイラをみるとき、
その人が誰かわからないと、
単なるミイラでしか有りません。

 

しかし、一度名前がわかると、
「あの有名な王様!」と思い、
よく見ておきたいと思うはずです。

 

日本語と英語の表記を並べておきますね。
アメンホテプ1世Amenhotep I
ハトシェプストHatshepsut
セティ1世Seti I、
ラムセス2世Ramesses II

 

☆アメンホテプ1世
古代エジプト第18王朝の第2代の王。
ルクソールの東岸にあるルクソール神殿は
色々な王様が拡張をしているところですが、
初期に拡張を始めた人として、
このアメンホテプ1世が有名です。

 

ミイラに花が添えられている事が有名です。

 

ミイラが腐らない様に、色々な処理を施してあるのに
腐る原因となる花が添えてある事が不思議ですよね。

 

 

 

☆ハトシェプスト女王
古代エジプト第18王朝第5代の王様。
ハトシェプストは「最も高貴なる女性」の意味。

 

ルクソール西岸のハトシェプスト女王葬祭殿は、
王家の谷の観光に行ったあとに立ち寄る建物で有名。

 

 

 

父のトトメス1世(Tuthmosis I)の死後、
ハトシェプストは、トトメス1世の正妃の第一子であり、
トトメス2世と結婚後、トトメス2世が王位を継承。

 

トトメス2世は、妾との子供トトメス3世を次の王にしたいと
考えていたが、病気で死亡。
トトメス3世が成人するまでの間、
22年間ハトシェプストが実権を握った。

 

王としての威厳を示すため、
公的な場では男装し、
あごに付け髭をつけていた
と、考えられています。

 

ハトシェプストのミイラが見つかったのは、
2007年という、比較的最近のことなんです。
簡単に経緯を振り返りますね。

 

1920年にハトシェプストの墓が発掘されたが
遺体(ミイラ)は、ありませんでした。

 

しかし、2007年6月に、
1903年王家の谷のKV60の墓で発見された
2体のミイラのうち1体が
ハトシェプストであることが分かりました。

 

ハトシェプストの名が刻まれたカノプス壺から
発見された奥歯と
CTスキャンしたミイラの奥歯の穴をが
一致したことで、ミイラが誰かという特定ができたんです。

 

その後のミイラ調査の結果で、
身長は165Cm程度、
進行した骨がん、糖尿病などを患い
虫歯から細菌が原因で約50歳で死亡した
と考えられています。

 

 

 

☆ラムセス1世
古代エジプト第19王朝、初代の王様。
18王朝最後の王ホルエムヘブの忠実な腹心だった。
ホルエムヘブの指名で王になるが、
即位が遅かったので、短期間で息子のセティ1世に引き継がれる。

 

ミイラはアメリカのアトランタで、
2000年に王妃のミイラとともに発見された。
2002年に、エジプトの要請を受けて、エジプトに戻っている。

 

☆セティ1世
古代エジプト第19王朝、第2代の王様。
ミイラの保存状態がよく、
樹脂が変色し黒っぽく変色してはいるが、
生きた人間の顔の様な状況を保っている。

 

☆ラムセス2世
前王は、セティ1世。

 

20代で即位し、70年近く王として君臨、
100人以上の子供を持った。

 

ミイラの調査で、
173Cmの身長で有ることがわかっています。

 

 

彼に関係する有名な建築物は、
アブシンベル神殿
カルナック神殿の大列柱室、
ルクソール神殿の塔門
等、多数有ります。

 

ミイラは、1881年に発見されてます。

 

ミイラの表面にカビが発生したため、20世紀の後半に、
カビの除去と劣化防止の対応、そして調和をする為に
フランスに持ち出されています。

 

フランスでの調査の結果、
生きている時に、関節炎だった事や
死亡年齢は90歳前後だった事がわかっています。

 

すでに触れましたが、身長は173Cmでした。
ちなみに、当時の人々は
身長が160Cm〜165Cm程度で、
平均寿命が35〜40歳程度だったと考えられており
かなり強靱な人だったようですね。

 

 

 

 

実際にミイラを自分でみると
その状態に驚かれるとおもいます。

 

まして、そのミイラが色々な偉業を成し遂げてきた
古代の王様たちだとすると、
感慨深いものがあると思います。

 

ぜひ、名前の英語表記を参考にしていただき
自分で、古代エジプトの王様を観てみてください。